浄土真宗 親鸞会 三河・知多
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お釈迦さま
 「天上天下 唯我独尊」の御心

 

生き方はいろいろある

 何のために生まれてきたのか。なぜ生きるのか。どんなに苦しくても生きねばならないのはなぜか。
 人生の目的――これ以上の大問題はありません。

 私たちの人生を、飛行機に例えてみましょう。

 オギャーと生まれた時が、飛行機の飛び立った時。今、20歳の人は、20年前に飛び立った飛行機です。
 地球上に、65億の人がいますから、大空には、65億の飛行機が飛んでいることになります。

 一度きりの人生を最高に謳歌したいと思って、生きているのは、空の旅を少しでも楽しみたいと、一生懸命に飛んでいるのと同じです。
 どう生きたら幸せになれるか、皆常に考えています。

 就職しようか、進学しようか、結婚しようか、独身のままでいようか、子供は何人にしようか、上司との付き合いはどうしよう、家はいつ新築しようか、老後はどう暮らそう……。

 生き方を模索する私たちに、よりよい生活環境を提供しようと努力しているのが、政治、経済、科学、医学といった営みです。人間関係の秩序を保つためには倫理や道徳も必要です。生き甲斐や趣味も、大切といえるでしょう。

 趣味にもいろいろあります。

 一口に読書好きといっても、恋愛小説、推理小説、歴史物語、マンガ本などジャンルは様々。スポーツに生き甲斐を感じる人にも、野球一筋の人もあれば、サッカー大好き、という人もいます。ペットでも犬や猫では満足できず、ワニやヘビなど爬虫類を飼って楽しんでいる人もいます。その他、カラオケやパチンコ、麻雀、お酒等々、挙げればキリがありません。いずれも、より楽しい人生にするためです。

 これらは、飛行機でいえば、飛び方にあたります。

 乱気流やエアポケット、暴風雨など、待ち受ける数々の困難に、どう打ちかって飛べばよいのか。成層圏を飛ぶか、低空飛行をするか。どうしたら快適な旅になるのか……。

 しかし、「どう飛ぶか」も大切ですが、飛び立った飛行機には、もっと切実な問題があります。
 地球上に飛ぶ、すべての飛行機にとっての最大事は、「どこへ向かって飛ぶのか」の目的地です。

 どんな飛行機でも、いつまでも飛び続けてはいられません。燃料には限りがある。必ず降りねばならないのです。目的地が分からなければ、燃料切れと同時に墜落するしかありません。それまでの空の旅は夢幻となり、茫然自失あるのみで悲劇の最期となってしまうでしょう。

人間に生まれた喜び

 私たちの人生はどうでしょうか。

「どう生きるか」という生きる手段も大切ですが、「なぜ生きるか」の目的は、もっと大事です。
「なぜ生きるか」とは、「どこへ向かって生きるか」という"人生の目的"のことです。

 手段の重要さは目的の重要さによって左右され、定まります。私たちは朝から晩まで、「どう生きるか」ばかり考えていますが、手段が大切なのは、それだけ、「なぜ生きるか」の目的が大事だからではないでしょうか。

 人それぞれ異なる生きざまや、趣味とは別に、「独尊」といわれる、たった一つの尊い使命をもって人間は生まれてきたのだと、釈尊が教えられたのが、「天上天下 唯我独尊」のお言葉なのです。

 着陸地を知らず、飛び方ばかりを追求するパイロットには墜落の悲劇しかないように、生きる目的を知らず、生き方(手段)ばかりに心奪われていても、一体何を求めて生きてきたのやら、「露とおち露と消えにしわが身かな 難波のことも夢のまた夢」という秀吉の後悔を繰り返すしかありません。

 人間に生まれてよかった!と喜べるのは、人生の目的を果たした時です。

 その喜びを、釈尊は次のように教えられました。
「人身受け難し、今已に受く」
" 生まれ難い人間に生まれることができてよかった!"

 生まれてきたのは、苦しむためではありません。生命の大歓喜を獲るためです。それを教えられたのが釈尊であり、仏法です。

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